子どもたちの『なんで?』が学びに変わる——サイエンス+が目指す保育の未来

「準備は、むしろ要らないんです」。——そう語るのは、教育プログラム「サイエンス+(プラス)」を手がける株式会社E5の佐藤大介さんです。

サイエンス+は、子どもたちの「なんで?」「どうして?」という好奇心を最大限に引き出すことを目指した教育プログラムです。毎月保育園に実験内容やサポートアイテムを届け、子どもたちが自由に試行錯誤できる環境を提供します。

さらに、サイエンス+は子どもたちだけでなく、職員同士のコミュニケーションを活性化する仕組みも備えており、教育現場に新しい風を吹き込むプログラムとして注目を集めています。

今回のインタビューでは、サイエンス+が生まれた背景や目指す保育の未来像、そしてこのプログラムが解決を目指す社会課題について、佐藤さんに詳しくお話を伺いました。

佐藤 大介さん
株式会社E5(イーファイブ) 執行役員宮城県塩竈市出身。

駒澤大学経済学部を卒業後、営業職やスポーツ業界、食品業界を経験。2011年の震災を機に地元宮城へUターンし、NPO法人を設立・運営。東日本大震災復興支援や子育て支援の活動を経て、保育業界へと転身。
約10年間にわたり、保育園や福祉施設の現場・運営に携わり、2021年に株式会社E5を設立。現在は、サイエンス+の企画・運営をはじめ、保育園向けのコンサルティング事業や、子育て中の女性の社会復帰を支援する「mama’s work」など、多方面から保育と子育て支援に取り組んでいる。

1.子どもが夢中になる!
 サイエンス+が引き出す無限の可能性

保育の現場には、さまざまな学びのアプローチがあります。その中でも、サイエンス+はひときわ異彩を放つ存在です。白衣をまとった子どもたちが、真剣な眼差しで考え、手を動かしながら試行錯誤を繰り返す。まるで小さな研究者たちのよう。

このプログラムの立ち上げには、どんな想いがあったのでしょうか。

Q.まずは、これまでのご経歴と株式会社E5を立ち上げた経緯について教えていただけますか?

佐藤さん:私は大学卒業後、全く異なる業界で働いていましたが、2011年の震災をきっかけに地元宮城に戻り、保育業界に携わることになりました。保育園の現場や運営を通じて、異業界出身だからこそ気づくことができた課題がたくさんあると感じていました。この課題を解決し、多くの人に伝えたいという思いから、志を同じくする仲間たちとともに株式会社E5を立ち上げました。

Q.具体的には、どのような課題感を持っていましたか?

佐藤さん:課題感の一つに、忙しさ慣れによって子どもたち一人ひとりの個性や可能性が十分に見られていないことがありました。玩具を出したら、すぐに保護者対応や引き継ぎ、次の時間の準備、チェックシートの記入。本当は「どんな遊び方をしているのかな?」「何に見たているのかな?」と、それぞれの興味発想にもっと目を向けたいのに、なかなかできない。

毎日、子どもたちは「なんで?」「どうして?」と問いかけてきます。でも、気づけば何の躊躇もなく「なんでだろうね?」と返してしまっている。時間がないから、余裕がないから、仕方がない—。そんな日々の中で、「もしこの『なんで?』にもう少し向き合えたら、子どもたちの可能性をもっと引き出せるのではないか。そして、それを見守る保育者自身も子どもたちの成長に喜び、やりがいを感じられるのではないか。」と考えるようになりました。そうした思いが、サイエンス+を立ち上げる原点になりました。

Q.サイエンス+はどのようなサービスなのでしょうか?

佐藤さん:サイエンス+は、子どもたちに「体験」を通じてわくわくドキドキを提供する教育プログラムです。従来の教材のように知識を詰め込むのではなく、子どもたちが体験を通じて考え、試行錯誤しながら学べる仕組みになっています。

具体的には、E5から毎月、保育園に実験内容を詳しく説明した『わくドキシート』や、子どもたちが次の実験を楽しみにすることができるポスター『保育士向けサポートシート』をお届けします。このプログラムは柔軟性が高く、方針や環境に合わせて自由に活用することができます。

佐藤さん:特徴的なのは、「結果がどうなるかわからないこと」「子ども自身の興味に沿って自由に方向性を変えること」を前提にしている点です。例えば、片栗粉と水を混ぜる実験では、「スライムを作る」といったゴールを設定しません。「片栗粉と水を混ぜたらどうなるだろう?」というテーマを投げかけるだけです。水を入れすぎてスライムにならなかったり、粉を舞わせて材料そのものがなくなったりという場合もあるでしょう。一見失敗に見えることも、「こうするとこうなるんだ!」という発見につながり、こうした試行錯誤がすべて学びの一部になります。

子どもたちは遊びを通じて自然に学び、気づきを得ていきます。この「試して、気づく」プロセスこそが、保育の本質と私は考えています。さらに、0〜5歳の重要な時期において、自己肯定感を育むためには「自分の考えや気持ちが尊重される体験」が欠かせません。サイエンス+は、そのような環境を提供しています。

2.子どもたちの「楽しい!」が学びに変わる
——サイエンス+が生み出す力とは?

サイエンス+では、「楽しい!」という気持ちが学びにつながると言います。でも、どうして楽しむことが学びの原動力になるのでしょうか? そして、実験や科学とどう結びつくのでしょうか。

Q.サイエンス+が子どもたちにもたらす効果について、具体的に教えていただけますか?

佐藤さん:体験から得た知識は、何よりも深く心に刻まれます。例えば、「これを混ぜるとこうなるんだよ」と紙の上で説明されても、子どもたちにとってはどこか難しく、実感として伝わりにくいものです。でも、実際に自分の手で材料を混ぜ、変化を目の前で感じることで、「あっ、こうするとこうなるんだ!」と驚きが生まれ、それが自分の発見として深く記憶に残ります。

そして、その発見が、小学校で同じ内容に出会ったときに「あ、これ知ってる!」とつながってくれたらいいなと思っています。過去の楽しい経験学びの記憶となり、「もっと知りたい!」「やってみたい!」という興味や好奇心が自然と育まれていくのではないかと考えています。

子どもたちの「知る楽しさ」を引き出し、その先の学びにつなげてい——そんな未来を、サイエンス+が作っていきたいと思っています。

Q.最近注目されているSTEAM教育や非認知能力にも関連があるのでしょうか?

佐藤さん:はい、まさにサイエンス+のアプローチはSTEAM教育や非認知能力の育成とも深く関わっています。STEAM教育では、科学・技術・工学・芸術・数学の各分野を横断しながら学ぶことが大切だとされていますが、サイエンス+はそのすべての要素を、子どもたちが自然に体験できる形で提供しています。

また、「考える力」「挑戦する力」「失敗から学ぶ力」など、数値では測りにくい非認知能力も、サイエンス+の実験を通して育まれていくと考えています。例えば、水に浮かぶと思っていたものが沈んでしまったり、混ぜたはずの色が思ったようにならなかったり、そんなとき、子どもたちは「あれ?なんで?」と不思議に思い、「じゃあ、もう一回やってみよう!」と試し続けます。その繰り返しが、柔軟な発想力や粘り強さにつながっていくのです。

実際に、「STEAM教育や非認知能力を取り入れたいけど、何から始めていいか分からない」という課題を持った保育園が、サイエンス+を導入した事例もあります。科学というテーマに絞ることで、職員の方々もイメージがつきやすくなり、日々の保育に取り入れやすくなったと伺っています。

Q.子どもにとって「楽しい!」は、どうして学びの原動力になるのでしょうか?

佐藤さん:子どもたちの持つ好奇心や興味の力は、本当に素晴らしいものです。大人はつい、平準化された知識や常識を身につけさせようとしてしまいがちですが、子どもたちはもともと生きるための力を自然に持っていて、その根底には「楽しい!」という感情があります。子供がワクワクしながら夢中になれる環境を用意することが、学びの大きなきっかけになります。

実際、保育所保育指針でも「遊びを通して学ぶこと」の重要性が強調されています。遊びの中でこそ、子どもたちは主体的に考え、試行錯誤し、成功や失敗を繰り返しながら学びを深めていきます。

例えば、小学校に上がる前に「椅子にちゃんと座れるようにしてほしい」という保護者の方の声をよく耳にします。でも、子どもが実験に夢中になっているときは、誰に言われなくても1時間でも椅子に座り続けることができるんです。「これが良い」「これは悪い」と教えたくなる気持ちも分かりますが、環境を整えるだけで、子どもたちは自然と学び、自分で気づきを得ていきます。

3. サイエンス+が生み出す”科学変化”
——保育の現場に新しい対話が生まれる理由

サイエンス+は、子どもたちだけでなく、先生同士の関係にも変化を生むそう。保育現場に“科学変化”が起こるとは、いったいどういうことなのでしょうか?

Q.職員の関わり方に変化があるということですが、具体的にどういうことでしょう?

佐藤さん:サイエンス+は、一見すると子どもたちのためのプログラムに思われがちですが、実は職員の皆さんにも良い影響を与えています。

保育士同士、それぞれが大切にしている保育観や経験が違うからこそ、意見がすれ違うこともあります。お互いにより良い保育を目指しているからこそ、「どうすべきか」「誰が正しいか」という視点に寄りがちなことがあります。 その結果、話し合いが議論のようになり、職員同士のコミュニケーションがスムーズにいかなくなることもあります。

そんな中、サイエンス+を導入すると、職員全員が同じ目標を共有することができ、自然とコミュニケーションが活発になるんです。 たとえば、ある保育園では、園長先生が指示を出したわけではなく、職員の方々が自発的にサイエンス+について話し合うミーティングを開くようになったそうです。 実験の振り返りや次回の準備について、職員同士で意見を出し合いながら、「どうすればもっと子どもたちが楽しめるか?」 と考える時間が自然と生まれていきました。

サイエンス+が共通の話題やゴールを提供することで、意見がぶつかるのではなく、「どうすればもっと子どもたちが楽しめるか?」という前向きな対話に変わっていく のです。

最近では「保育の質の向上」がよく話題に上がりますが、研修を受けても、それを日々の保育に活かすのは簡単ではありません。サイエンス+は、研修のように一方的に学ぶものではなく、職員同士が実際に体験しながら対話し、試行錯誤できる機会になっています。 その積み重ねが、結果的に保育の質の向上にもつながっていくのではないかと考えています。 また、E5では、こうした職員間の対話や実践がスムーズに進むよう、園ごとの状況に合わせたサポートを大切にしています。

Q.サイエンス+のプログラムを実施する際、先生方はどのような準備をするのでしょうか?

佐藤さん:新しいプログラムを導入するとき、やっぱり気になるのは先生方の負担ですよね。サイエンス+に限らず、『準備の時間が取れるかな?』『職員の負担にならないかな?』と慎重になるのは当然のこと。でも、私たちE5のメンバーは、まさにその現場で働いていたからこそ、その大変さを身をもって経験してきました。

だからこそ、子どもたちの学びを最大限に引き出しながら、先生方の負担をできるだけ減らせるように——そんな仕組みを考えました。

そのため、サイエンス+のマニュアルには 『準備はしない』 と明記をしています。

もちろん、トレーに粉を入れたり、実験道具を一人ひとりに用意するような 「作業的な準備」はあります。

しかし、それ以外の「成功させるための準備」—— 例えば、実験をスムーズに進めるための細かい手順を決めたり、「こう動くはず」と子どもたちの反応を予測して誘導するような準備はいりません。

むしろ、準備に時間をかけるのではなく、先生方にも 「どんな展開になるんだろう?」「子どもたちはどんな反応をするんだろう?」 と、ワクワクした気持ちで実験を迎えてほしいんです!

Q. 先生方は、どのような関わり方をすると良いのでしょうか?

佐藤さん:まずは、ぜひ先生方も子どもたちと一緒に思いっきり楽しんでほしいです! 実験が始まると、子どもたちは目を輝かせて、「なにこれ!?」「どうなるの?」と夢中になります。そんな姿を見ながら、先生方もワクワクしながら参加してほしいんです。

例えば、粉を見た瞬間に「うわー!」とすぐに手を伸ばす子もいれば、じっくり観察してから試す子もいる。友だちと相談しながら進める子もいれば、黙々と自分の世界に入り込む子もいる。 そして、大人が想像もしていなかったやり方をする子どもが必ずいるんです!その瞬間が、もう本当に面白い!

「この実験、子どもたちがすごく盛り上がっていたな!」と感じたら、もう一度やってみるのもいいし、子どもたちの『なんで?』に合わせて、次の試し方を考えてみるのもいいんです。子どもたちの興味や反応に合わせて、実験の方向性を自由に変えていく。そうやって、子どもたちと一緒にワクワクしながら試行錯誤していくことこそが、サイエンス+の醍醐味なんです!

先生も子どもたちも、ドキドキとワクワクが溢れる——そんな保育の時間が、全国の園でどんどん広がっていったら最高ですよね!私たちも、サイエンス+を通じて、そんな未来をつくるお手伝いをしていきたいと思っています!

インタビューを終えて

今回のインタビューを通して、サイエンス+が単なる「科学実験のプログラム」ではなく、子どもたちの探究心を引き出し、先生方にも新しい気づきをもたらす仕組みであることを実感しました。

子どもたちは日々、「なんで?」「どうして?」と世界を知ろうとしています。その問いに対して、先生たちがワクワクしながら一緒に考えることで、保育の時間がもっと面白く、もっと深い学びへとつながっていくのだと感じました。

大人がワクワクすると、子どもたちの興味もどんどん広がっていく。そんな相乗効果が、保育の未来をもっと豊かにしていくのではないでしょうか。「なんで?」の先に、どんな発見が待っているのか。これからのサイエンス+の展開が楽しみです。

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